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最高裁判所第一小法廷 昭和63年(行ツ)71号 判決

東京都千代田区内幸町一丁目二番二号 日比谷大阪ビル第二号館八六四号

上告人

吉永多賀誠

東京都千代田区九段南一丁目一番一五号

被上告人

麹町税務署長

中山君雄

右指定代理人

篠原睦

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行コ)第八四号所得税更正決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係のもとにおいては、本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に違法はないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一)

(昭和六三年(行ツ)第七一号 上告人 吉永多賀誠)

上告人の上告理由

上告理由第一点

(原審の判示)

原審の引用する第一審判決はその理由三、本件顧問料について、左のとおり判示した(第一審判決六一丁表二行目から六二丁裏二行目まで)。

「これを本件についてみると、原告は、別表四の「支払者」欄に記載の本件顧問先から顧問料として同表の昭和五五年分及び昭和五六年分の「金額」欄に記載の本件顧問料を受領したこと、原告は、右の本件顧問料をそれぞれ本件係争両年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告をしたこと、原告は、東京都千代田区内幸町一丁目二番二号大阪ビル第二号館八六四号室に自己の法律事務所を有し、本件係争両年分当時継続して弁護士業を営んでいたこと、原告と本件顧問先との間の顧問契約はいずれも口頭で行われ、右顧問契約により原告の負担する債務は、本件顧問先の法律相談に応じて意見を述べるというものであること、右顧問契約は原告が本件顧問先に専従する等の拘束を伴うものではないこと、右顧問契約の具体的内容及びその履行の態様は、本件顧問先が随時質問してくる法律問題について、依頼の都度原告の事務所で原告の執務時間内に、多くは電話により、時には原告の事務所を訪れた本件顧問先担当者に対し、口頭で法律相談に応ずるというものであること、本件係争両年分当時、右顧問契約に基づく本件顧問先から原告に対する法律相談はほとんどなかつたこと、本件顧問先は、原告に対して通勤手当、扶養手当、夏期手当、年末手当等を一切支払わず、本件顧問料に係る所得税の源泉徴収に当たつても、健康保険法、厚生年金法等にある保険料の控除をせず、弁護士業務に関する報酬又は料金(所得税法二〇四条一項二号)として所得税を源泉徴収していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告は右顧問契約により本件顧問先のために常時専従する等、格別の支配、拘束を受けていないことは明らかであり、右顧問契約に基づき原告が行う業務の態様は、原告が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様に過ぎないものというべきであり、前記の判断基準に照らせば、右業務に基づいて生じた本件顧問料収入は、所得税法上、給与所得ではなく、事業所得に該当すると認めるのが相当である。

そうすると、被告が本件係争両年分の本件顧問料を当該各年分の事業所得に当たると認定したのは正当である。」

(上告理由)

(1) 上告人が弁護士として、法律事務所を有することは、弁護士法第二〇条の法定義務であつて、事務所を有するとの事由によつてその収入を事業所得による収入と断ずることはできない。所得税は弁護士の収入全部を事業所得として課税するにあらずして所得税法第二編第二章第二節の第二三条乃至第三五条所定の所得に課せられるのであつて弁護士という職業により課せられるのではない。

(2) 顧問契約が口頭であると書面であるとによりその効力に差異のあるものではない。

(3) 雇用契約には常勤契約と非常勤契約とがあり、非常勤契約にあつては顧問先のために常時専従するものではない。

この常勤と非常勤とは国家公務員にも民間職員にも存在する。一般職員の給与に関する法律第二二条第三項において、常勤を要しない職員には他の法律に定めがない限りこれらの項に定める給与を除くの外他のいかなる給与も支給しないと規定し、昭和三八年一二月二〇日人事院規則、期末手当及勤勉手当に関し、その第一条第四号で非常勤職員には期末手当を支給しないことを定めている。民間の非常勤職員も非常勤公務員と同様である。

(4) 顧問契約による法律相談と仝契約によらない法律相談とは、その契約関係の性質が異なる。顧問契約による顧問料収入は所得税法第二八条の定めるように俸給、給料、賃金、歳費、年金、恩給、賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得である。即ち受給者と給与支払者との間に一定の法律関係(契約)が給与支払以前に存在し、これに基づいて、定時、定額の給与が支払われる固定給与である。これに反し弁護士が一般の法律事務として一般の法律相談に応ずる場合は、相談に応ずると否とは弁護士の自由であり、相談に応ずる場合の報酬もその都度定められるのであつて予め定められた定額ではない。

国税庁長官より国税局長に宛てた昭和二七年四月三〇日付直所一-六六昭和二七年三月改正所得税法の取扱方についての二八には「弁護士、税理士、公認会計士、計理士、会計士補等が当該役務の提供の対価として受けるものは、固定給等、給与所得であるものは給与所得とし」と定め全国仝一の取扱としている。

大工、左官、とび職等の受ける報酬等でその法律関係が請負であれば報酬は事業収入、事業所得であり、その法律関係が雇傭であれば報酬は賃金収入で給与所得となるのである。即ち賃金支払者と労務提供者との契約関係如何により報酬の税法上の性質が異なるのである。これについては次の国税庁の通達がある(財団法人大蔵財務協会発行所得税取扱通達集昭和五三年一一月一〇日現在四五六頁)。昭和二八年八月一七日直所五-二〇、仝二九年五月一八日直所五-二二、仝三〇年二月二二日直所五-八、仝三一年三月一二日直所五-四、仝五一年直所五-一。

(5) 本件顧問先は顧問契約の定めにより随時質問し、回答を求める約束により上告人を拘束するものと考えている。上告人と顧問先との顧問契約において常勤者の雇用契約のように勤務時間、勤務場所等につき格別の条件が付されていないことは顧問契約を雇傭契約とみることにつき、支障となるものではない。非常勤者については勤務時間、勤務場所につき協定する必要がないのである。顧問弁護士が顧問会社の法律相談に応ずるには時間、場所の特定を要しないのである。

国家公務員の場合にも非常勤者については勤務時間、勤務場所の特定のないものがある。その特定がないのは、特定する必要がないからである。上告人と顧問会社の雇傭関係は常勤関係でなく非常勤関係である。法務省組織規定第十一条第三項には法務省顧問は非常勤と定めている。大蔵省組織規定第八条第一項には大蔵省顧問は非常勤とすると定めている。外務省設置法第六条の九に定める顧問及び参与には日本に住所を有せず勤務場所を特定できない者もある。民間会社においても非常勤重役がある。勤務時間、勤務場所につき特別の条件が付されていないからといつて、その者の所得を給与所得に非ずと断定することはできない。顧問弁護士は顧問先に専従する等の拘束を受ける必要もないし常時数個の顧問契約が存在することも顧問料収入を給与所得とみることの妨げとなるものではない。

所得税法第一九四条第一項第六号には「二以上の給与等の支払者から給与の支払を受ける場合」の規定がある。この規定は給与所得者が一人の給与支払者に専属する必要はないことを示すもので、専属しないことを以て顧問料収入は給与所得にあらずということはできない。同時に数個の会社と顧問契約をすることも顧問料収入を事業所得とする理由にはならない。

顧問契約の具体的内容及びその履行の態様は、顧問先は如何なる方法、態様であつても質問ができ、顧問が解答をなしその相談の目的が達成せられ、契約の目的が実現する限り、この態様如何により労務に対する報酬の性質に異同を生ずるものではない。

顧問先は顧問料に係る所得税の源泉徴収に当つて、健康保険法、厚生年金法等による保険料を顧問料から控除しないが、二ヵ所以上から給与を受ける者、他の健康保険組合、国民年金保険に加入している者は二重に政府保険に加入することができないことになつているのである。

原審判決は非常勤者と常勤者との差異を弁識しないものである。

上告理由第二点

(原審の判示)

原審の引用する第一審判決はその理由四、本件解嘱慰労金について、左のとおり判示した。(第一審判決六二丁裏三行目から六四丁表六行目まで)

「原告は、昭和五五年七月二九日、本件顧問先の一つである小松ゼノア株式会社から本件解嘱慰労金三三万三三三三円を受領し、その金額を昭和五五年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告をしたこと、本件解嘱慰労金に関しては、原告と右会社との間にあらかじめ特段の定めはなかつたこと、本件解嘱慰労金は、原告が右会社の顧問として右会社のために永年弁護士業務を行つていたこと及びその顧問契約が終了したことに起因して支払われたものであること、右会社は、本件解嘱慰労金に係る所得税の源泉徴収に当たつて、本件顧問料と同様に、弁護士業務に関する報酬又は料金として所得税を源泉徴収していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

右事実と、原告と右会社との間の顧問契約に基づき原告が行う業務の態様は、原告が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様に過ぎないものであつて、右顧問契約に係る業務に基づいて生じた本件顧問料収入が事業所得に該当するとの前記三に述べたところとを併せ考えると、本件解嘱慰労金もまた事業所得に該当すると認めるのが相当である。

原告は、この点に関し、本件解嘱慰労金は所得税法三〇条一項所定の退職手当等に該当する旨主張する。しかしながら、右条項所定の退職手当等とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びそれらの性質を有する給与」と定められており、右に該当するためには、少なくとも、当該給付が従来の給与所得の源泉をなした勤務関係(雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服する関係をいう。以下同じ。)の終止によつて初めて生ずる給付であることが必要であるが、原告と右会社との間の顧問契約に係る業務に基づいて生じた本件顧問料収入は事業所得であつて、給与所得に該当しないことは、前記三で述べたとおりであり、原告と右会社との関係を給与所得の源泉をなした勤務関係とみることはできないのであるから、本件解嘱慰労金は退職手当等に該当するものとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告が本件解嘱慰労金を昭和五五年分の事業所得に当たると認定したのは正当である。」

(上告理由)

所得税法上退職所得とは、退職という事実に基因し一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいい、それは退職給与規定に基づいて支給されるものであるかどうか、また、支給名義のいかんを問わないものと解すべきであることは東京地方裁判所昭和五一年一〇月六日判決、昭和四七年(行ウ)第一一八号、訟務月報第二二巻一一号二六四八頁の判示するところである。原審はその判示は所得税法の規定の解釈適用を誤つている。

上告理由第三点

(原審の判示)

原審の引用する第一審判決は、その理由五、本件日当について、左のとおり判示した(第一審判決六四丁表八行目から七六丁裏三行目まで)。

1 原告が本件係争両年分において、別表五の「支払者」欄に記載の者(古川恒平を除く。)から、旅費等として別表六の昭和五五年分については番号7ないし10、17ないし21の、昭和五六年分については番号11ないし15、22ないし26の「〈l〉旅費受領額」欄記載の本件旅費等(以下、特に断わらない限り、上記限定を付したものを単に「本件旅費等」という。)を、うち日当して別表五の昭和五五年分及び昭和五六年分の「金額」欄に記載の本件日当(以下、特に断わらない限り、上記限定を付したものを単に「本件日当」という。)を受領したこと、原告は本件日当を含む本件旅費等をそれぞれ本件係争両年分の事業所得の総収入金額に算入するとともにこれと同額を旅費交通費としてそれぞれ当該各年分の必要経費にも算入して事業所得の金額を算出し、本件係争両年分の確定申告をしたこと(被告の主張2の(四)の(1)、(2))は当事者間に争いがない。

2 本件日当の性質についてみるに、成立に争いのない甲第二二、第二四号証及び原告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、本件日当は、原告が受任事件に関して出張する際、受任時に取り決めた報酬とは別途に依頼者から交通費、宿泊費とともに受領する金銭であること、本件日当は、その中から交通費、宿泊費に含まれていない出張中の少額の諸雑費の支出が予定されているが、原告が当該出張中に現実に支出した雑費分を差し引いた残額を依頼者に返還することを要するものではないこと、また、本件日当の金額については、原告の弁護士事務所の定めに則り昭和五五年までは一日当たり一万五〇〇〇円、昭和五六年からは一日当たり二万円の一律一定額の金員を依頼者から受領していることが認められる。

右事実によれば、本件日当は、その一部には、実費弁償金としての性質を有する部分のあることは否定し得ないが出張の行程いかんにかかわりなく出張日数に応じた一律一定額が支給されるものであること、原告が現実に支出した雑費分を差し引いた残額の返還を要しないこと及びその日当額が、通常想定される雑費支出額に比較して、相当に多額なものであることからすると、原告が一定期間事務所を離れて当該事件のために拘束されることに対する報酬としての性質を有するものと認めるのが相当であり、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用し難い。

右の点と、所得税法九条一項四号が給与所得者の出張費(ただし、その旅行について通常必要と認められるものに限る。)を非課税所得としている反面、弁護士等の事業所得者については出張費を非課税所得とする旨の規定が存しないことを併せ考えれば所得税法上、原告が受領した本件日当は、課税対象になるものと解するのが相当であり、本件日当は、原告の事業所得に係る総収入金額に算入されるべきものである。

原告は、この点に関し、本件日当は報酬ではなく、事業収入には該当しない旨、また、条理上非課税と解すべきである旨主張(原告の反論3の(一)、(二))するが、右説示に照らし、到底これを採用し難い。

3 原告は、本件日当を収入とみるとしても、本件日当は青色申告者の備え付けるべき帳簿にその支出の細目の記載を要しないものであるから、その支出明細の記帳がなくとも、全額費消されたものとして、その全額を必要経費に算入すべきである旨主張(原告の反論3の(三))する。

しかしながら、原告が依頼者から受け取つた本件日当が所得税法二七条二項の事業所得の総収入金額に該当することは右2で述べたとおりであり、本件日当から支出される諸雑費が必要経費に該当するのであれば、これを本件日当の額から控除した金額が本件日当に係る事業所得になるのであるから、右諸雑費の支出は、事業所得の金額に係る取引(所得税法一四八条一項)及び事業所得を生ずべき事業に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引(同法施行規則五七条一項)に該当することは明らかである。

したがつて、青色申告者である原告は、右法令に基づき、本件日当から支出される諸雑費について、その支出の記録(帳)義務があるものというべきである。

また、原告が本件日当を本件大蔵省告示にいう少額な取引に該当するとして、本件日当から支出する諸雑費を一括して帳簿に記載するのであれば、右諸雑費の支出について領収書その他これに準ずる書類により、その支出年月日、支出先、支出金額等、日当の支出内容が具体的に確認できる状態にした上で右一括記載をしなければならないことは、本件大蔵省告示及び所得税法施行規則五六条ないし五九条、六三条の定めに照らし、明らかである。

しかるに、原告は、本件日当について、これから支出されたと主張する諸雑費の支出内容を個々具体的に記帳せず、合計金額のみを記載し、これを証する領収書等の保存も全くしていない(原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認め得る甲第一一ないし第一五号証により認め得る。)のであるから、原告が青色申告者として、本件日当につき右法令の是認する記録(帳)の方法をとつていないことは明らかである。

したがつて、右のような記録(帳)の方法が法令上許されることを前提として、本件日当の支出明細の記録(帳)がなくても、全額費消されたものとして、その全額を必要経費に算入すべきであるとする原告の主張は、前提を欠き採用し難い。

また、原告は、被告が本件各更正(昭和五四年分更正を除く。以下同じ。)において、本件旅費等のうち、交通費、宿泊費については、その全額が費消されたことを認めておきながら、本件日当のみを区別し、支払の事実が認められないことを理由にその全額を事業所得として課税したのは法律の定めに基づかない課税であり憲法二九条、三〇条、八四条に違反する旨主張するが、課税庁がした事実認定の当否が違憲の問題を生ずる余地がないことはもとより、支払の事実がない場合にこれを必要経費に算入し得ないのは、所得税法上、当然のことであり、これを理由としてした本件各更正には、何ら違憲の点はない。

4(一) 原告は、本件日当から支出した食事代、車中飲物代、読物代、タクシー代等の詳細は別表七、八記載のとおりであり、本件日当は全額費消されたのであるから、その全額を必要経費に算入すべきである旨主張(原告の反論3の(四))する。

ところで前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第三号証によれば、被告は本件各更正において、昭和五五年分については、原告が依頼者から受領した本件旅費等の合計金五六万五三六〇円のうち、交通費、宿泊費の合計額相当金二八万〇三六〇円を昭和五六年分については、本件旅費等の合計金八三万五二〇〇円のうち、交通費、宿泊費の合計額相当金四三万五二〇〇円を、それぞれ必要経費の額に算入していることが明らかであるから、本件においては、客観的にみて原告の業務と直接関係を持ち、かつ業務の遂行上必要と認め得る交通費、宿泊費、諸雑費の現実の支出合計額が右被告認定の必要経費の金額を上回るか否かを検討しなければならない。

(二) そこで、まず、原告主張に係る交通費(別表六の「〈n〉交通費」欄の金額)についてみるに、前掲甲第一一ないし、第一五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告が本件係争各年度において、別表六の番号1ないし26記載の出張をしたこと、その際、鉄道運賃として同表六の「〈n〉交通費」欄記載の金額を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 次に、原告主張に係る宿泊費(別表六の「〈o〉宿泊費」欄の金額)についてみるに、原告本人尋問の結果によれば、原告弁護士事務所における宿泊料の定めは、一泊につき、昭和五五年までは一万円、昭和五六年からは二万円の一律一定額であり、右宿泊料は室料と料理飲食等消費税、サービス料のみの料金(いわゆる「素泊まり料金」であり、以下これを「室料等」という。)とし、食事代は含まないものとしていたこと、原告は、本件係争各年分当時において、右定めに則り、依頼者から右定額の宿泊費を別表六の「〈o〉宿泊費」欄記載のとおり受領したこと(もつとも、別表六の番号〈18〉ないし〈21〉の各出張については、出張先である軽井沢の宿泊料金が他と比べ高いので、一泊につき一万五〇〇〇円の割合による宿泊料金を受領した。)ことが認められ、原告は右宿泊費を、出張の際、室料等に全額費消した旨主張し、原告本人はこれに副う供述をする。

しかしながら、〈1〉原告は宿泊先のホテル名、旅館名をごく一部を除き明らかにしないこと、〈2〉原告が一部明らかにした宿泊先のホテル等について、被告が調査したところ、別表六の番号1の出張については、原告は、依頼者から宿泊料一万円を受領しているが、現実には、ホテル大黒に宿泊し、室代四〇〇〇円、奉仕料四〇〇円、合計金四四〇〇円を支出したのみであること(弁論の全趣旨により原本の存在及びその成立を認め得る乙第二号証の一、二により認め得る。)、別表六の番号23の出張については、原告は依頼者から宿泊料二万円を受領しているが、現実には、くまのオレンジに宿泊し、室代、夕食代、朝食代及び税金、サービス料込みで一万二〇〇〇円を、その他の雑費を併せて合計一万四二一五円を支出したのみであること(弁論の全趣旨により原本の存在及びその成立を認め得る乙第一号証の一、二により認め得る。)また、別表六の番号17の出張については、原告は、依頼者から宿泊料一万円を受領しているが、原告が右出張の際に泊つたと証するロイヤルホテルに宿泊してはいないので(弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第九号証により認め得る。)、現実には、大阪への日帰り出張をしたものと推認し得ること、〈3〉原告は別表六の番号4、7ないし10、12ないし14、18、20の各出張について、出張の前日、東京都内のホテル等で宿泊した旨主張するが、ホテル名はもとより、当該出張につき、特に都内に宿泊しなければならなかつた具体的事情についても、明確な主張はなく、また、右宿泊の事実を証する領収書等の適確な証拠もないので、原告が、右出張の際、都内に宿泊したものとは認め難いことなどの諸点に照らすと、原告主張に副う前記原告本人の供述の信ぴょう性には疑問があり、他に原告の右主張を証する証拠はない。右の諸点によれば、原告が依頼者から受領した宿泊料の中から原告が室料等として現実に支出した金額は、右宿泊料を大幅に下回り、その半額以下であることが窺えるが、本件において、本件係争両年分につきこれを具体的に算出するに足りる証拠はない。

(四) また、原告が本件日当から支出したと主張する諸雑費について、以下検討する。

(1) まず、別表七記載の諸雑費についてみるに、一般に、家事上の経費及びこれに関連する経費については、それが事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかにすることができなければ、これを事業所得に係る必要経費の額に算入することはできない(所得税法四五条一項一号、同法施行令九六条)と解されるところ、同表記載の諸雑費のうち、車中飲物代、読物代、食事代、旅館料金(旅館等へ支払つた料金の中から室料等を控除したもの)については、家事上の経費又はこれに関連する経費を含むことが明らかであるが、これらについては、本件証拠上、その中で原告の業務遂行上必要である部分を認定することはできず、したがつて、これらを必要経費に算入することはできない。なお、同表の「〈8〉夕食」欄のうち「(東京)一二、〇〇〇」「(東京)一三、〇〇〇」と記載されているのは、原告の主張によれば、出張前日に東京都内に宿泊するときの夕食代又は出張を終え東京へ帰着後に都内でとる夕食代のことであるが、前記のとおり、原告が出張前日に都内で宿泊したとは認め難いこと、また、東京へ帰着後は原告の通常の生活における行動というべきであるので、出張後の都内での夕食は、特段の事情がない限り、家事上の経費とみるべきこと(本件においては、右特段の事情を認めるに足る証拠はない。)から、右食事代については、右の点からしても、必要経費に算入し得ないものというべきである。

(2) 次に、別表七の「〈9〉その他」欄のロッカー代、菓子折代についてみるに、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が右ロッカー代等を支出したこと、右支出は、全額、原告の業務遂行上、必要なものであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(3) 更に、原告主張に係る別表八記載のタクシー代についてみるに、〈1〉右タクシー代は、いずれも「約」の金額であるうえに、利用した区間が同じであれば常に一定の額であるとしており、出張先の新潟地方裁判所長岡支部が昭和五五年一二月中旬頃に場所を移転し、長岡駅と長岡支部との間の距離が約一キロメートル長くなり、タクシー料金が変わつた(弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第一〇号証により認め得る。)のにもかかわらず、右移転の前後を通じ、一律片道八〇〇円を支出したと主張していること、〈2〉成立に争いのない乙第四、五号証の各二、第六ないし第八号証によれば、原告が本件係争各年分当時におけるタクシー料金(中型車)であると主張(原告の反論3の(四)の(3))するものは、すべて本件係争各年分後に改定(値上げ)された後のものであることが認められ、原告主張のタクシー代は本件係争各年分後の、値上げされたタクシー料金を基礎として概算したものであることが窺えること、〈3〉前記のとおり、出張の前日に東京都内のホテル等で宿泊したとは認め難いので、別表八の「〈7〉旅館等に宿泊する場合」欄記載のタクシー料金は、いずれも、原告が現実に支出したものとは認められないこと、また、〈4〉同表の「〈2〉出張地」欄の「大阪市」の出張は、前記のとおり、日帰り出張であると認められるから、右出張について同表「〈10〉旅館等に宿泊する場合」欄のタクシー料金合計二九〇〇円の支出はなかつたものと認められることなどの諸点に照らすと原告が右主張に係るタクシー代を全額支出したものとは認め難く(これを認めるに足りる証拠はない。)また、本件において、本件係争両年分につき、原告がタクシー代として現実に支出した金額を具体的に算出するに足りる証拠はない。

(五) 以上検討結果によれば、前記のとおり、被告は、本件係争両年分において、原告が依頼者から受領した本件旅費等(別表六の昭和五五年分については番号7ないし10、17ないし21の、昭和五六年分については番号11ないし15、22ないし26の、「〈l〉旅費受領額の金額)のうち、交通費(別表六の右と同番号の「〈n〉交通費」の金額)及び宿泊費(別表六の右と同番号の「〈o〉宿泊費」の金額)の合計額に相当する金額を必要経費の額に算入しているのであるが、右宿泊費については、原告が現実に室料等として支出した金額は、右宿泊料を大幅に下回り、その半額以下であつて、原告が受領した宿泊費と現実の支出額との間には相当の差額が存在することが窺えるのであり、原告は右差額でもつて、原告が本件日当から支出したと主張する別表七、八記載の諸雑費の相当部分を賄うことが可能であつたと考えられること、また、原告は、青色申告者であるにもかかわらず、右諸雑費の支出につき帳簿の記帳、領収書等の保存を全くしておらず、本件訴訟においても、概算的な支出金額の主張をするだけで具体的な主張、立証を行わない(宿泊費についても同様である。)ため、被告としてもこれを検証する手段がなく、僅少な額であるロッカー代、菓子折代を除き、必要経費に算入し得る金額を具体的に認定し得ないことからすると、本件において、原告が、右被告認定額を超えた交通費、宿泊費、諸雑費の支出を行つたものとは認められないものといわざるを得ない。

したがつて、原告の本件日当が全額費消されたとする前記主張は採用し難い。

5 そうすると、被告が、本件係争両年分の本件旅費等のうち本件日当を当該各年分の事業所得に係る総収入金額に算入し、かつ、本件日当に相当する金額を必要経費に算入した原告の計算を否認したことは、正当なものというべきである。

(上告理由)

(1) 原審判決の引用する第一審判決は、その理由中において、本件日当は

「原告が一定期間事務所を離れて当該事件のために拘束されることに対する報酬としての性質を有するものと認めるのが相当であり(第一審判決六六丁裏三行目から六六丁表二行目まで)」

と判示したが刑事訴訟法第三八条第二項は旅費、日当、宿泊料、報酬と規定し、日当が報酬と異なることを明らかに定めている。

会計法上の支出負担行為者大蔵省関東財務局長と上告人との契約書(甲第二九号証)には日当一日の定額で定められている。

又日本国内に於ける旅費の支払件数において官公署中第一位と思われる裁判所は訴訟関係者の旅費を非課税としている(甲第六、七号証)。これは法の明文を要せずして条理上当然非課税であるとの前提に立つものである。税務署の旅費に対する所得税の源泉徴収は法令違反である。

(2) 原審の引用する第一審判決は

「所得税法第九条一項四号が給与所得者の出張費を非課税所得としている反面、弁護士等の事業所得者については出張費を非課税所得とする旨の規定が存しないことを併せ考えれば、所得税法上、原告が受領した本件日当は、課税対象になるものと解するのが相当であり、本件日当は、原告の事業所得に係る総収入金額に算入されるべきものである」

と判示したが、弁護士等の事業所得については出張費を非課税所得とする旨の規定は存在しないが、これは条理上当然のこととし被上告人も旅費、宿泊料については課税せず裁判所は日当についても課税しないこと前記甲第六、七号証のとおりである。原審の判示の誤であることは右によつても明らかである。

(3) 原審判決の引用する第一審判決は

「支払の事実がない場合にこれを必要経費に算入し得ないのは、所得税法上、当然のことであり、これを理由としてした本件各更正には、何ら違憲の点はない」

と判示した(第一審判決六八丁裏五行目から八行目まで)。

原審の引用する第一審判決は本件日当の一部には、実費弁償金としての性質を有する部分のあることを認め、本件を支払事実のない場合と認定していない。

上告人が出張に当り、電車に乗つたこと、食事をしたこと、自動車に乗つたこと、ホテルに宿泊したこと、旅行につき諸雑費を支払つたことは原審もこれを認むるところであり、その費用の明細を記帳していないことは原審の認めるところである。この日当の使途につき上告人に立証責任ありや否やが問題となるところ、判例によれば、必要経費の存否及びその額の立証責任は原則として行政庁側(税務署側)にあるものと解すべきものであることは広島高等裁判所岡山支部昭和三七年(ネ)第一五八号同三八年(ネ)第一二〇号事件につき昭和四二年四月二六日判決(行政事件判例集第一八巻六一四頁)、所得税更正処分の取消訴訟において、納税者の申告よりも寡額の必要経費を主張する被告行政庁は、その主張事実につき立証責任を負うべきであることは徳島地方裁判所昭和二九年(行)第六号事件につき昭和三三年三月二七日言渡の判決(同判例集第九巻四三三頁)のとおりである。

民間企業において旅費規定上定額制を採用し、日当の定額を定めた場合、その金額が物価事情、企業規模など諸般の事情に照し社会通念の許容する範囲を超える場合には、その経費性を否認できるとは宇都宮地方裁判所昭和四二年(行ウ)第九号昭和五〇年一〇月一六日判決(訟務月報第二一巻一二号二五七二頁)の判示するところで、これに従えば上告人旅費規定は、弁護士法に基いて定めた日本弁護士連合会及第一東京弁護士会の弁護士報酬規則の範囲以内のもので否認することは出来ないのである。

又出張の事実があり、かつ、その旅費として支出されているかぎり、右旅費の明細がでなく、かつ、一括支払の方法によつているとの理由で右費用を必要経費から除外すべきでないとは神戸地方裁判所昭和三〇年(行)第二五号昭和三四年三月七日言渡(行政事件裁判例集第十巻四〇八頁)の判決の判示するところである。所得税法は法律により全国民一律一体に課せられるもので本件のみ特異の取扱は許されない。

(4) 上告人は会計記録上宿泊料、汽車賃、日当の三者を旅費として一括受入れ、又旅費として一括支出していること原審の認定のとおりで、被上告人は、宿泊料、汽車賃と日当とを区別し前二者を認め後者を否認する理由がない。旅行に日当を必要とすることは天下公知である事実である。日本交通公社発行の時刻表は日本国内の定期刊行物中その発行部数が第一位であり、その記載の内容は全国民の間に周知徹底しているところであるが、右時刻表の社団法人日本ホテル協会会員ホテルの広告末尾によれば「上記の料金(宿泊料金)は、室料のみで、食事料、サービス料、税金は含まれておりません」とあり、上告人の受ける宿泊料金は室料のみでそのうちには食事代等は含まれておらず、これらは日当を以て支弁することになつている。

上告人は出張につき食卓料(国家公務員等の旅費に関する法律第六条一号及び八号)を受けない。日当として一日につき金二万円を受け、これを以て食事代、タクシー代、その他旅行中の諸雑費を支弁している。

なお宿泊予約の電話料、車中購買の新聞、煙草、茶、コーヒーなどの代金の支払を要するのであるが、日当二万円では、これらに充当する費用は不足する場合がある。

所得税法第九条第一項第四号には旅費は「その旅行について通常必要であると認められるもの」と定めてある。「旅行について通常必要であると認められる金額」とは、使用すると否とを問わず、通常必要であると認められる金額をいうのである。たとえ友人の自動車に乗り或は友人の家に宿泊し、汽車賃、自動車賃等の交通費、宿泊料を支払わなかつた場合、又は非現業員(公務員)共済組合の寮に低額で宿泊しても、旅行について通常必要と認められる金額を、その支出の有無に拘らず支給されるのである。

国家公務員等の旅費に関する法律の旅費の計算に関する第七条は、「旅費は最も経済的な通常の経路及び方法により旅行した場合の旅費により計算する」とし、第八条は「旅行日数は、旅行のために現に要した日数による。鉄道旅行にあつては四百キロメートル、水路旅行にあつては二百キロメートル、陸路旅行にあつては五十キロメートルについて一日の割合をもつて通算した日数」とあつて、飛行機による日帰旅行でも右の標準により旅費を計算する。この計算方法は公務員たる裁判官も私人たる弁護士にも適用せられる。

国家公務員の旅費に関する法律の規定は、民事訴訟費用等に関する法律第二二条の日当、宿泊料の支給基準についてもこの規定に従うことになつているし、民間会社においてもこれに準じている。

依つて被上告人が日当の支出を否認するには、上告人主張の日当は、旅行について通常必要でなかつたものであることの事由を主張し、且立証することを要し、納税者たる上告人が支出の事実を立証する必要はない(左記判決参照)。

昭和二五年一二月二〇日、鳥取地方裁判所判決、昭和二三年(行)第二八号行政事件裁判例集第一巻第一〇号一三六〇頁には所得税更正決定の取消訴訟における所得金額の立証責任は、その所得の存在を主張する被告(行政庁)側にあるものと解すべきであるとある。

昭和二六年一二月一〇日、福岡地方裁判所民事第四部判決、昭和二五年(行)第一六一号行政事件裁判例集第二巻一二号二一八〇頁にも同趣旨の判決がある。

昭和二七年四月一〇日、秋田地方裁判所判決、昭和二六年(行)第九号行政事件裁判例集第三巻三号五一二頁にも同様の判決がある。

昭和三八年三月三日、最高裁判所判決、昭和三六年(オ)第一、二一四号訟務月報第九巻五号六六八頁には所得の存在、金額については決定庁が立証責任を負うとある。

昭和四八年九月六日、大阪地方裁判所民事第二部判決、昭和四三年(行ウ)第五九三号税務訴訟資料第七一号九八頁には必要経費を含めて課税所得の存在については課税庁側に立証責任があるとある。

昭和四八年一二月一一日、大阪地方裁判所民事第二部判決、昭和四一年(行ウ)第八四号の二税務訴訟資料第七一号一、一四〇頁には通信費、厚生費など通常経費については、それが存在しないことにつき課税庁が立証責任を負うとある。

日当と所得税法との関係は次のとおりである。

(一) 日当は所得税法第二七条第一項の「事業から生ずる所得」ではない。

(二) 日当は同法同条第二項の「事業所得に係る総収入金額」に該当しない。

(三) 日当は同法第三六条第一項の「所得金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額」に該当しない。

(四) 日当は同法第三七条の「事業所得の計算上必要経費に算入すべき金額」にも「所得の総収入金額に係る売上原価その他当該収入金額を得るため直接に要した費用の額」にも「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずる業務につき生じた費用」にも該当しない。

(五) 日当は同法第一四八条の「事業所得の金額に係る取引」にも該当しない。

(六) 日当は同法施行規則第六三条の「取引」に関しない。

(七) 日当は国税庁基本通達一一六の「年額又は月額により支給せられる旅費」にも該当しない。

(八) 昭和二七年三月改正所得税法の取扱方についての昭和二七年四月三〇日付国税庁長官より各国税局長宛直所一-六六の三の「役務の報酬」同上の二九の「当該役務の提供に対する対価たる性質を有するもの」にも該当しない。

一般に出張する度毎に夕食代、朝食代、タクシー代、新聞代、お茶代、弁当代を逐一記帳し、かつその帳簿と受領証又は支払証明書等を編綴し、七年間(所得税法施行規則第六三条)保存している者は納税者中に唯一人もあるまい。それは社会の常識である。

ジュリスト五六七号所得税の諸問題という座談会で元大蔵省主税局長、事務次官、現弁護士高木文雄氏はサラリーマンが百人中九九人までが経費の記帳をしていない、同人自身もそうであるという。夕刊代、コーヒー代まで日当で支弁した費目と金額の記帳を求めるのは非常識な議論である。又右ジュリストの座談会で高木氏は「税のためだけ帳簿をつけなければならないような仕組をすることはそれは必要がないことじゃないか、現実を踏まえて、それはやればいいのであつて……」と述べている。

所得税法第一四八条第一項には「第百四十三条(青色申告)の承認を受けている居住者は、大蔵省令で定めるところにより、同条に規定する業務につき帳簿書類を備え付けてこれに不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額に係る取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存しなければならない」と定め所得税法施行規則(大蔵省令)第五十六条には青色申告者は、法第百四十八条第一項の規定により、その不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務につき備え付ける帳簿書類については次条から第六十四条までに定めるところによらなければならない。ただし当該帳簿については次条から第五十九条まで、第六十一条及び第六十四条の規定に定めるところに代えて、大蔵大臣の定める簡易な記録の方法及び記載事項によることができると定めている。その第五十七条第一項には「所得の金額が正確に計算できるように次の各号に掲げる資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引(以下この節において取引という。)を正規の簿記の原則に従い整然と、かつ、明りょうに記録しなければならない」とし、その第二号には「事業所得については、その事業所得を生ずべき事業に係る資産、負債及び資本」とある。

昭和四二年八月三一日大蔵省令第百十二号には所得税法施行規則第五十六条第二項、第五十八条第一項及び第六十一条第一項の規定に基づき、これらの規定に規定する記録の方法及び記載事項、取引に関する記載事項、並に科目を次のように定めるとし、その別表一、事業所得の部(イ)一般の部(一)現金出納等に関する事項の第一欄備考及び第二欄備考には何れも少額な取引については日々の合計金額のみを一括記載することができるとしている。上告人が一回の出張の日当を一括記載したのは、裁判所へ出廷の日当を一括記載したものである。右大蔵省令も少額の支出を一括記入することを予定している。尤も日当を以て支弁する金銭の支払先、国有鉄道、ホテル、タクシー会社への支払は所得税法第五十七条の取引には該当しないのでその支出の記録義務は納税者にはない。それらの支払は資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引に該当しないからである。

出張の事実を汽車賃、宿泊料により認めながら、日当を支払の事実が認められないことを理由にその全額を事業所得として課税したのは法律の定めに基づかない課税で憲法第二九条、同第三〇条、同第八四条違反である。

(5) 原審判決の引用する第一審判決はその(一)において「本件においては、客観的にみて原告の業務と直接関係を持ち、かつ業務の遂行上必要と認め得る交通費、宿泊費、諸経費の現実の支出合計額が、右被告認定の必要経費の金額を上回るか否かを検討しなければならない」(第一審判決六九丁表一〇行目から裏三行目まで)

原審の引用する第一審判決はその(三)において「次に原告主張に係る宿泊費(別表六の「宿泊費」についてみるに」第一審判決六九丁裏一一行目から七〇丁表一行目まで)として論ずるところがあるが宿泊費は本訴の争点となつていない。

又その(四)において「原告が本件日当から支出したと主張する諸雑費について、以下検討する」として(第一審判決七二丁表七行目から七三丁裏一行目まで)累々説示するところであるが、出張のため事務所を出発した後の経費即ち出張旅行中の経費は悉く出張費である。たまたまその費目の名称において家事関連費と同じ名称のものがあつても家庭内で使用消費するもの以外は出張費負担である(例えば煙草代の如し)特急列車乗込みのため始発駅近くの都内のホテルに宿泊することも、終着駅近くで夕食をとることも、荷物(訴訟書類)の多い場合駅備付のロッカーを使用することも出張事務のためである。タクシー料金の如きも一定区間の料金は常に必ずしも同一ではない。交通量や混雑の多少により一々異なる、均一時間、均一距離ではない。

旅費日当は現実の支出額による精算払ではない。渡し切りであるので原審の引用する第一審判決は経験の法則に反し違法である。

上告理由第四点

(原審の判示)

原審の引用する第一審判決はその理由七において左のとおり判示した(第一審判決七六丁裏八行目以下)。

「原告は、昭和五六年分の所得税について、過少申告となつたのは、本件顧問料、本件解嘱慰労金、本件日当についての法律解釈の相違によるものであるから、本件賦課決定は違法であると主張するが、右は、結局、原告が独自の理論に基づき法律解釈を誤つたものに過ぎず、国税通則法六五条二項の正当な理由があると認められる場合に該当しないことは明らかである。」

(上告理由)

法律解釈についての納税者、税務署長との意見の相違は国税通則法第六五条二項の正当な理由となるのである(大阪高等裁判所昭和四五年(行コ)第二二号同四七年(行コ)第一号昭和五〇年九月三〇日判決、行政事件裁判例集第二六巻一一五八頁)。

上告人は顧問料、日当につき所得税課税上処分庁と法律解釈についての意見を異にするのであるから過少申告加算税の賦課は理由がない。原審の引用する第一審判決の理由は誤つている。

以上

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